こんにちは、三木です。
日々の診察の中で、患者さんから身体の不調だけでなく、人生の悩み、特に「結婚」や「将来」についての不安を打ち明けられることが増えています。
「結婚したいけれど、経済的に踏み切れない」
「親を見ていて、結婚生活に希望が持てない」
「仕事で手一杯で、家庭を持つ余裕なんてない」
これらの悩みは、決して個人の「わがまま」や「努力不足」ではありません。現代日本が抱える構造的な病理が、皆さんの心身に重くのしかかっている結果なのです。
今回は、現代の若者たちが直面している「結婚したくてもできない」、あるいは「あえてしない」という選択の裏にある心理と現実について、医学的・社会的な視点を交えながら、深く掘り下げてお話ししたいと思います。
はじめに:なぜ「普通の幸せ」がこんなにも遠いのか
かつて、結婚は「大人になれば自然とするもの」という社会通念がありました。しかし、今やその前提は完全に崩れ去っています。
診察室で20代、30代の方々と話していると、将来に対する漠然とした、しかし深い「不安」を感じ取ることがあります。それは単なるマリッジブルーのような一時的なものではなく、**「自分の生存そのものに対する不安」**に根ざしているように見えます。
「手取り20万円で、どうやって家族を養えばいいのか?」
「奨学金の返済が38歳まで続くのに、結婚なんて夢のまた夢」
これらは、若者たちの悲痛な叫びです。医学的に見ても、将来への見通しが立たない状態(予期不安)が長く続くことは、慢性的なストレスとなり、自律神経の乱れやうつ状態を引き起こす大きな要因となります。
本記事では、現代の若者が置かれている過酷な現状を「経済」「心理」「社会構造」の3つの側面から解剖し、この時代を心身ともに健やかに生き抜くためのヒントを探っていきます。
第1章:経済的困窮が生む「結婚回避」の病理
まず直視しなければならないのは、**「経済的な不安定さが、人間の本能的な欲求にブレーキをかけている」**という現実です。
「手取り20万円」の壁と生存本能
大阪市で働くある25歳の男性の例を見てみましょう。彼は公的な仕事(嘱託職員)に就いていますが、手取りは約20万円です。実家暮らしであれば日々の生活には困らないかもしれません。しかし、「結婚して家族が増える」「家を借りる、建てる」といった将来像を描いた途端、その収入では到底足りないという現実に直面します。
生物学的に言えば、人間を含む動物は、**「自分と子孫が生きていける環境」**が確保されて初めて、繁殖(結婚・出産)への意欲が湧きます。
衣食住や安全が脅かされている状況(マズローの欲求5段階説における「生理的欲求」「安全欲求」が満たされていない状態)では、より高次の欲求である「社会的欲求(家族を持ちたい)」や「承認欲求」にエネルギーを割くことができません。
彼が「いずれ結婚したい」と言いながらも躊躇するのは、脳が冷静に**「今のままでは生存リスクが高い」**と判断している、ある種健全な防衛反応とも言えるのです。
非正規雇用の増加と「未婚率」の残酷な相関関係
ここで、非常に衝撃的かつ重要なデータをご紹介します。雇用形態による既婚率の差です。
| 年齢層 | 正規雇用男性の既婚率 | 非正規雇用男性の既婚率 |
| 全年齢平均 | 59.0% | 22.3% |
| 20〜24歳 | 2.8% | 2.1% |
| 25〜29歳 | 8.3% | 未婚率が高い傾向 |
| 30〜34歳 | 急上昇 | 横ばいの傾向 |
※こども家庭庁資料に基づく一般的なデータ傾向
正規雇用の男性の約6割が結婚しているのに対し、非正規雇用の男性は約2割にとどまっています。その差は歴然です。
これは、「非正規雇用の人は結婚したくない」のではなく、**「経済的な基盤がないために結婚という選択肢を奪われている」**と見るべきでしょう。
専門家の指摘にもあるように、かつては「若い頃は給料が安くても、長く勤めれば上がる(年功序列)」という希望がありました。しかし現在は、非正規雇用が増加し、何年働いても収入が上がらない、あるいはいつ職を失うかわからないという「慢性的な不安」の中にいます。
医学的には、このような**「コントロール不可能なストレス」**に晒され続けると、人は「学習性無力感」に陥ります。「どうせ頑張っても無駄だ」「結婚なんて望むだけ辛い」と、最初から諦めることで心の傷を防ごうとするのです。
第2章:「親世代の呪縛」とトラウマ
経済的な問題だけではありません。若者たちが結婚に二の足を踏む背景には、育ってきた環境や親を見て感じた「結婚生活へのネガティブなイメージ」が深く刻まれています。
「教育費」という名のトラウマ
「子供を作るために結婚したい」と考える26歳のシステムエンジニアの男性でさえ、結婚に踏み切れない理由として**「経済的な重圧」**を挙げています。
彼が特に懸念しているのが、自身の大学進学時に親が苦労していた姿や、学費を巡って親と揉めた経験です。
これは心理学で言う**「代理受傷(vicarious trauma)」**に近い反応かもしれません。親が金銭的に苦しみ、疲弊している姿を間近で見続けることで、「子育て=苦行」「教育費=家庭不和の原因」という強固な認知(スキーマ)が形成されてしまいます。
「自分と同じような苦労を子供にさせたくない」
「余裕を持って『行ってこい』と言える状態でないと産みたくない」
この責任感の強さは素晴らしいものですが、同時に**「完璧な親でなければならない」という過度なプレッシャー**となり、自分自身を追い詰めてしまっているのです。
「結婚は書類上の契約」という冷めた視点
また、母子家庭で育ったある33歳の男性は、「結婚は紙切れだ」「結婚して何が変わるのかわからない」と語ります。彼自身、片親であっても大学まで出してもらい、不満なく育ったという自負があるからです。
これは、「結婚=幸せの必須条件」という従来の価値観からの脱却とも言えますが、一方で**「親密な他者と法的に結びつくことへの回避」**とも取れます。
苦労して育ててくれた親への感謝がある一方で、「結婚という枠組みがなくても幸せになれる(あるいは、枠組みがあっても幸せとは限らない)」というリアリズムが、結婚へのモチベーションを低下させているのです。
現場で見た「子育ての現実」への恐怖
元教員で現在は派遣社員として働く36歳の女性の意見も切実です。彼女は教育現場で、反抗期の中高生と向き合う中で、「ここまで育てる親の労力」を目の当たりにしました。
「自分にはできない」「荷が重い」と感じ、結婚はしても子供は望まないという選択をしています。
彼女のように、感受性が豊かで責任感が強い人ほど、子育てのネガティブな側面(大変さ、自己犠牲)を敏感に察知し、過剰に恐れてしまう傾向があります。これをHSP(Highly Sensitive Person)気質と関連付けて考えることもできますが、現代社会があまりにも「子育てのハードル」を上げすぎていることの弊害とも言えるでしょう。
第3章:キャリアと結婚の「残酷なトレードオフ」
女性にとって、結婚とキャリアのバランスは依然として大きな課題です。
「30歳の壁」とキャリア形成
税理士事務所で働く30歳の女性は、「今は仕事に集中したい」と語ります。30歳は、仕事でも責任ある立場を任され始め、資格取得やスキルアップに重要な時期です。
ここで結婚や出産を選択することで、キャリアが分断されることへの恐れは、多くの女性が抱えています。
医学的適齢期(妊娠・出産のしやすさ)と、社会的適齢期(キャリアの確立)が完全にバッティングしているのが現代社会の残酷な点です。
「いい人がいれば」という言葉の裏には、**「今の自分の生活リズムやキャリアを崩してまで結婚するメリットが見当たらない」**という本音が隠されています。今の生活が充実しているからこそ、不確定要素である結婚をリスクと捉えてしまうのです。
自己投資と「今の幸せ」の優先
26歳のフリーランスの女性のように、収入を趣味や自己研鑽に回し、「結婚や子育てへの準備不足」を感じている層もいます。
これは決して悪いことではありません。不安定な時代だからこそ、「今の自分」を確実に満たすこと、自分自身のスキル(人的資本)を高めることにリソースを集中させるのは、非常に合理的な生存戦略だからです。
しかし、その結果として「貯金がない」「経済的余裕がない」という状態が続き、いつまでも結婚へのスタートラインに立てないというジレンマに陥りやすくなります。
第4章:政策の敗北とこれからの処方箋
専門家の山田教授が指摘するように、日本の少子化対策は「すでに敗北している」と言わざるを得ません。
これまでの政策は、「正規雇用の共働き夫婦」をモデルケースとしており、増え続ける非正規雇用者や、地方で働く若者たちの現実を直視してきませんでした。
「育休制度の強化」も、そもそも育休が取れない非正規雇用者には届きません。
「保育所の整備」も、子供を持つ経済的余裕がない層には響きません。
必要なのは、対症療法ではなく、若者が「未来に希望を持てる」ための根本治療です。
医師・三木からのアドバイス
社会構造が変わるのを待っていては、私たちの人生は終わってしまいます。では、この厳しい時代をどう生きればよいのでしょうか。医師として、いくつかの視点を提案させてください。
1. 「結婚=子育て」の呪縛を解く
日本では「結婚したら子供を持つべき」という圧力が非常に強いですが、まずはここを切り離して考えてみましょう。
「パートナーと人生を共にする幸せ」と「親になる責任」は別のものです。
子供を持たない(DINKs)選択も、事実婚という形も、立派な家族のあり方です。まずは「自分が誰かと一緒にいて心安らげるか」という点にフォーカスしてみてください。
2. 完璧主義を手放す
「十分な貯金ができてから」「キャリアが落ち着いてから」「親のような苦労をさせない準備ができてから」。
そう考えて先延ばしにしているうちに、タイミングを逃してしまうことはよくあります。
医学的に見ても、「完璧な状態」など人生には訪れません。
人間は適応能力の高い生き物です。「なんとかなる」「走りながら考える」という楽観性(レジリエンス)を持つことが、メンタルヘルスの観点からも重要です。
3. 「三人称」の視点を持つ
親御さんの夫婦関係や経済状況を見て結婚に絶望している方は、**「親は親、自分は自分」**という境界線を意識してください。
時代も違えば、パートナーも違います。親の人生を反面教師にして、自分たちなりの新しいパートナーシップを築くことは可能です。過去のトラウマに今の自分の幸せを邪魔させないでください。
4. 奨学金とライフプランの可視化
「奨学金の返済が38歳まである」という悩み。これは確かに重い事実です。しかし、借金があること自体が結婚の絶対的な障害になるわけではありません。
大切なのは、それをパートナーに開示し、二人でどう乗り越えるか話し合える関係性です。ファイナンシャルプランナーなどの専門家に相談し、ライフプランを可視化することで、漠然とした不安(お化け屋敷の暗闇のような恐怖)を、具体的な課題(明るい場所での障害物競走)に変えることができます。
おわりに:あなたの人生の主役はあなたです
「結婚しない若者が増えている」というニュースは、ネガティブに捉えられがちです。しかし、それは裏を返せば、**「結婚という制度に盲目的に従うのではなく、自分の幸せを真剣に考え、選択しようとしている」**ことの表れでもあります。
経済的な不安、キャリアへのこだわり、子育てへの恐れ。それらはすべて、あなたが真面目に人生と向き合っている証拠です。
どうか、社会の「こうあるべき」という声や、親世代の価値観に押しつぶされないでください。
結婚してもしなくても、あなたが心身ともに健康で、自分らしく生きていけること。それが医師である私の一番の願いです。
もし、不安で夜も眠れない、将来のことを考えると動悸がするといった症状があれば、一人で抱え込まずに専門家を頼ってください。私たちはいつでも、あなたの味方です。
