こんにちは、日本の皆さんの「かかりつけ医」三木(Miki-sensei)です。
「食事制限をしているのに、どうしても痩せない」「健康診断で血糖値が高いと言われ、薬を飲んでいるけれど数値が安定しない」……。私の診察室を訪れる患者さんから、こうした切実な悩みを伺う機会が非常に増えています。
現代の日本において、肥満や糖尿病、そしてその一歩手前である「代謝異常」に悩む方は少なくありません。そのすべての鍵を握っているのが、今回詳しくお話しする「インスリン抵抗性(胰島素阻抗)」です。
実は、皆さんが受けている「血糖値を下げるための治療」の多くが、根本原因を解決するどころか、逆に体をいじめている可能性があるとしたらどうでしょうか? 今日は、最新の医学的知見に基づき、インスリン抵抗性の本当の正体と、薬に頼りすぎない根本的な解決策について、深く掘り下げていきたいと思います。
インスリン抵抗性は「細胞が自分を守るための盾」だった?
インスリン抵抗性という言葉を聞くと、多くの人は「インスリンという鍵が壊れて、血糖が細胞に入らなくなった故障の状態」だとイメージします。しかし、医学的な視点を少し変えてみると、全く異なる景色が見えてきます。
糖毒性から身を守る防衛本能
細胞にとって、糖(ブドウ糖)はエネルギー源ですが、過剰な糖は細胞を傷つける「毒」にもなり得ます(これを「糖毒性」と呼びます)。
血液中に糖が溢れ、インスリンが「もっと中に入れろ!」と細胞に強要し続けると、細胞はパンクしてしまいます。そこで細胞は、自分を守るためにあえて鍵穴(レセプター)を塞ぎ、糖が入ってこないようにブロックします。これが「インスリン抵抗性」の真の姿なのです。つまり、インスリン抵抗性は単なる故障ではなく、細胞が生き残るための**「賢い防衛システム」**だと言えるのです。
「血糖値中心」の治療が抱える矛盾
現在の糖尿病治療の多くは、この「細胞の拒絶」に対して、さらに強力なインスリンを投与したり、インスリン分泌を促す薬を使ったりして、無理やり糖を細胞に押し込もうとします。
これは、満員電車に無理やり乗客を押し込む「押し屋」のようなものです。一時的にホーム(血液中)の人は減りますが、車両(細胞)の中はぎゅうぎゅう詰めで、やがて壊れてしまいます。血糖値という「数値」だけを追いかける治療が、実は細胞の老化を早めている可能性があるのです。
2019年の衝撃:パラダイムシフト「インスリン過剰分泌」が先か、抵抗性が先か
ここで、2019年に発表された非常に重要な医学論文(Nolan & Prentki)をご紹介します。この論文は、これまでの糖尿病治療の常識を覆す「概念の転換(Conceptual Framework Shift)」を提唱しています。
従来の考え方と新しい視点
これまでは「肥満や生活習慣によってインスリン抵抗性が起き、そのせいで血糖値が上がり、結果として膵臓が頑張ってインスリンをたくさん出す」と考えられてきました。
しかし、新しい知見では、**「先にインスリンが過剰に分泌されること(インスリン過剰分泌)」**こそが、あらゆる代謝疾患の源流である可能性を指摘しています。
| 段階 | 従来の考え方(血糖値中心) | 新しい考え方(インスリン中心) |
| 原因 | インスリンの効きが悪くなる | インスリンを出しすぎる食事・習慣 |
| 体の反応 | 膵臓が必死にインスリンを出す | 過剰なインスリンが細胞を攻撃する |
| 結果 | 血糖値が上がる(糖尿病) | 細胞が防御(抵抗性)し、脂肪が溜まる |
| 治療法 | さらにインスリンを足す | インスリンを休ませる(減らす) |
この視点に立つと、私たちが取り組むべきは「いかに血糖値を下げるか」ではなく、**「いかにインスリンの分泌量を最小限に抑えるか」**であることがわかります。
インスリンが招く「肥満のループ」と身体の悲鳴
インスリンには、血液中の糖を細胞に運ぶ役割の他に、もう一つ強力な役割があります。それは**「脂肪を合成し、分解をストップさせる」**という働きです。
「太るホルモン」としてのインスリン
血液中にインスリンが大量にある状態(高インスリン血症)では、体は脂肪燃焼モードに切り替わることができません。どれだけ運動しても痩せない人は、根性が足りないのではなく、体内のインスリン濃度が高すぎて「脂肪の扉」がロックされているのです。
また、過剰なインスリンは水分を体に溜め込む性質があるため、体が「むくみやすく」なり、血圧も上がりやすくなります。まさにインスリンは、代謝を狂わせる「諸刃の剣」なのです。
実例:インスリン60単位から離脱した患者さんの記録
私が治療したある患者さんのケースをお話ししましょう。彼女は長年、重度の糖尿病を患い、毎日合計60単位ものインスリン注射を打っていました。
悪循環に陥っていた初診時
初診時の彼女は、体重が80kgを超え、全身がむくんでいました。60単位ものインスリンを打っているにもかかわらず、空腹時血糖値は160mg/dL前後と高く、一向に改善の兆しが見えませんでした。彼女の体は、過剰なインスリンに対して極限まで抵抗性を高めていたのです。
根本治療「インスリンを休ませる」戦略
私は彼女に、インスリンを増やすのではなく、**「インスリンの必要量を減らす」**治療を提案しました。
- 糖質摂取の適正化(Nutrient Offload): インスリンを激しく分泌させる精製炭水化物(白米、パン、砂糖)を大幅に減らしました。
- 排糖(糖を逃がす): 血液中の過剰な糖を尿から排出させる薬(SGLT2阻害薬)などを活用し、インスリンに頼らず血糖値を下げる経路を作りました。
- 食欲のコントロール: GLP-1受容体作動薬などの最新知見を用い、膵臓への負担を最小限に抑えつつ、自然と食事量が減るように整えました。
驚くべき結果
治療開始からわずか2ヶ月で体重は11kg減少し、インスリンの単位数は48単位、24単位と劇的に減っていきました。最終的に3ヶ月後には、注射から完全に離脱することができたのです。
興味深いことに、インスリン注射をやめた後の方が、彼女の膵臓は「本来の分泌能力」を取り戻し、食後には自前のインスリンを適切に出せるようになりました。強制的な管理から解放されたことで、体の代謝システムが再起動したのです。
医師が教える、インスリン抵抗性を改善する「3つの生活処方箋」
薬を飲む前に、あるいは薬の効果を最大化するために、今日からできる具体的なステップをご紹介します。
1. 「食べない時間」を作ってインスリンをリセットする
常に何かを食べている状態は、膵臓に休む暇を与えず、インスリンを出し続けさせてしまいます。
- 間欠的ファスティング: 1日のうち、食事を摂る時間を8時間〜10時間に収め、残りの時間は水や茶だけで過ごす。これにより、体内のインスリン濃度が下がり、脂肪燃焼スイッチが入ります。
2. 糖質の「質」と「量」を見直す
すべての炭水化物が悪ではありませんが、「急激に血糖値を上げるもの」はインスリンの天敵です。
- 低GI食品の選択: 白米を玄米やもち麦に、うどんを十割そばに変えるだけで、インスリンの分泌を穏やかにできます。
- 加工食品を避ける: 目に見えない砂糖や添加物がインスリン抵抗性を悪化させます。
3. 筋肉に「糖の処理」を任せる
筋肉は体内最大の「糖の消費工場」です。
- 食後15分の散歩: 食後すぐに軽く体を動かすと、インスリンの助けを借りずに筋肉が直接血糖を取り込んでくれます。これは膵臓を休ませる最も簡単な方法です。
三木先生からのメッセージ:あなたの体は、治りたがっている
代謝の悩みは、一朝一夕で解決するものではありません。しかし、今回お話しした「インスリン中心の考え方」を取り入れることで、あなたの体は確実に変わり始めます。
インスリン抵抗性は、あなたの体がこれまでの過剰な負担から「もう無理だよ」と出したサインです。そのサインを薬で無理やり抑え込むのではなく、原因を取り除いて細胞を自由にしてあげましょう。
数値の奴隷になるのではなく、細胞の一つひとつが喜ぶような生活を。
あなたが本来持っている「健康になる力」を信じて、一歩ずつ進んでいきましょう。私はいつも、診察室から皆さんの健やかな毎日を応援しています。
