皆さん、こんにちは。総合診療医の三木(みき)です。
日々の診療の中で、患者さんから最も多く寄せられる悩みの一つが「睡眠」です。「寝ても疲れが取れない」「布団に入っても仕事のことが頭から離れない」「夜中に何度も目が覚める」……。
皆さんも、そんな悩みを抱えていませんか?
実は、多くの人が「夜の過ごし方」ばかりを気にしていますが、睡眠の質を決める本当の勝負は、実は「昼間」にあることをご存知でしょうか。
今日は、最新の脳科学と心理学の知見に基づき、私が診察室で患者さんにお伝えしている「脳を本当に休ませるための極意」についてお話しします。これを読めば、あなたの休息に対する考え方が180度変わるかもしれません。
なぜ、あなたの体は「休み方」を忘れてしまったのか
「先生、私は怠けているわけではありません。むしろ、もっと頑張らなきゃいけないのに、体がついてこないんです」
診察室でそう訴える患者さんには、ある共通点があります。それは、非常に真面目で責任感が強く、常に「何か」をしている人たちです 1。
私たちは、起きている時間のすべてを「生産的な活動」で埋め尽くそうとしがちです。仕事が終わっても、帰りの電車でメールチェック、帰宅後はスキルアップの勉強や家事。一見、素晴らしい努力家に見えますが、脳科学的に見ると、これは**「暴走」**に近い状態です。
日中に脳を休ませる隙間(スペース)を作らないと、脳と体は「私の主人は休む必要がないのだ」と誤認し、「努力の慣性」が働き続けます 2。自転車のペダルを漕ぐのをやめても、車輪がしばらく回り続けるのと同じです。
この状態で夜、布団に入っても、脳は急には止まりません。「さあ、寝なさい」と命令しても、脳は興奮状態(過覚醒)のまま。その結果、体は休息の方法そのものを忘れてしまい、深刻な不眠の悪循環に陥ってしまうのです 3。
あなたの「休息」は間違っているかもしれない
ここで、皆さんに質問です。
「休んでください」と言われたら、何をしますか?
- ソファで寝転がってドラマを一気見する
- スマホでSNSをチェックする
- 好きなゲームに没頭する
- 推しの動画を見て興奮する
これらを「休息」だと思っているなら、残念ながらそれは**脳にとっては「労働」**です 4。
医学的な観点から定義する「完全な休息」には、以下の3つの条件が不可欠です。
【脳を回復させる「完全な休息」の3原則】
| 原則 | 内容 | なぜ必要なのか |
|---|---|---|
| 1. 仕事・悩みからの離脱 | 思考を物理的・心理的に切り離す | 表面上休んでいても、頭の片隅で仕事の段取りを考えていては、脳のメモリは解放されません 。
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| 2. 脳を使わない | 複雑な情報処理を止める | ニュースを読む、戦略的なゲームをするといった行為は、脳のエネルギーを大量に消費します 。
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| 3. 感情を揺さぶらない | 興奮・怒り・悲しみ・過度な喜びを避ける | 実は「楽しい」という感情も、脳にとっては強い刺激(興奮)です。推し活やドラマでの号泣はストレス発散にはなりますが、休息ではありません 。
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「推しのライブ映像を見て最高にハッピー!」という状態は、ドーパミンが出ており、交感神経が優位になっています。これは「リフレッシュ」ではあっても「休息(リカバリー)」ではないのです。
イーロン・マスクも認めた「睡眠=投資」の真実
かつて、世界的な起業家であるイーロン・マスク氏は「睡眠は時間の無駄だ」と公言し、極端なショートスリーパーとして知られていました。しかし2023年、彼はその考えを改め、「十分に寝ないと良い意思決定ができない」と語るようになりました 8。
これは非常に示唆に富んでいます。
睡眠不足は、単に「眠い」という問題にとどまらず、前頭葉の機能(判断力、集中力、感情抑制)を著しく低下させます。
上司が前の晩によく眠れていないと、翌日部下に対して攻撃的になったり、叱責が増えたりするという研究結果もあります 9。つまり、睡眠を削ることは、あなた自身のパフォーマンスを下げるだけでなく、周囲の人間関係やチームの雰囲気まで悪化させるリスクがあるのです。
「人生の3分の1を寝て過ごすなんてもったいない」という考えは捨てましょう。残りの3分の2を最高のものにするために、睡眠という投資が必要なのです 10。
総合診療医が提案する「日中のリセット術」
では、夜ぐっすり眠るために、具体的にどうすればいいのでしょうか。
答えは**「昼間のうちに、脳のスイッチを強制的にオフにする時間を作る」**ことです。
私が推奨しているのは、午後1時から3時の間に、15〜20分程度の「空白の時間」を持つことです 11。
この時間は、脳のゴールデンタイムではありません。「脳のアイドリングストップ」の時間です。
昼寝(パワーナップ):
もし環境が許すなら、椅子に座ったままでも構いませんので目を閉じてください。ただし、30分以上寝てはいけません。深い睡眠に入ってしまい、夜の睡眠欲求(スリーププレッシャー)を減らしてしまうからです 12。
マインドフルネス・呼吸法:
眠れなくてもOKです。「今、ここ」に意識を向け、腹式呼吸を繰り返します。スマホは見ません。ただ、呼吸に集中し、脳に入ってくる情報を遮断します 13。
これを日中に行うことで、暴走しがちな「努力の慣性」を一度断ち切り、自律神経のバランスを整えることができます。
夜の戦い方:スマホ、お酒、そして「眠れない恐怖」
夜、布団に入っても眠れない時、皆さんはどうしていますか?
「明日も早いから寝なきゃ」と焦りながら、じっと布団の中に留まっていませんか?
実はこれ、一番やってはいけないことです 14。
1. 「20分ルール」を守る
布団に入って20分経っても眠れない場合は、一度布団から出てください。
眠れないのに布団に居続けると、脳は「布団=悩む場所」「布団=苦しい場所」と記憶してしまいます(これを条件付けと言います)。
リビングに行き、薄暗い中で静かに過ごし、眠気が来てから布団に戻る。これを徹底してください 15。
2. スマホ・3C製品との付き合い方
現代人にとって「スマホを見るな」というのは、息をするなというのと同じくらい難しいことかもしれません。しかし、スマホのブルーライトは睡眠ホルモン「メラトニン」を抑制し、コンテンツの刺激は脳を興奮させます 16。
もし、どうしても何かに頼りたいなら、**「音声メディア(Podcastなど)」**がおすすめです。画面を見ずに、人の話し声をBGMとして流しておくと、意外とすんなり眠れることがあります 17。
3. 睡眠負債と「アデノシン」
私たちが日中活動すると、脳内には「アデノシン」という睡眠物質(疲労物質)が蓄積されます。これが溜まるほど眠気(睡眠圧)が強くなります。昼間に活動的に過ごし、適度に疲れを溜める(借金を作る)ことで、夜に気絶するように眠ることができるのです 18。
逆に言えば、昼間にダラダラと長く昼寝をしてしまうと、せっかく溜めたアデノシンを消費してしまい、夜に眠れなくなります。**「昼は適度に休みつつ、夜のために疲れをキープする」**というバランスが重要です 19。
睡眠に関するQ&A:その常識、間違っていませんか?
最後に、診察室でよく聞かれる質問に、医学的なエビデンスに基づいてお答えします。
Q. 朝のアラーム、スヌーズ機能を使ってもいい?
A. 三木医師の回答:
NGです。スヌーズを使って浅い睡眠と覚醒を繰り返すと、脳が混乱し、起床後の倦怠感(睡眠慣性)が強くなります。一度で起きる習慣をつけましょう 20。
Q. ショートスリーパーになりたいのですが、訓練できますか?
A. 三木医師の回答:
ほぼ不可能です。睡眠時間は遺伝子で決まっており、真のショートスリーパーは極めて稀です。無理に短眠を続けると、心身に借金(睡眠負債)が積み重なり、いつか破綻します 21。
Q. 年を取ると睡眠時間が短くなるのは本当?
A. 三木医師の回答:
必要とする睡眠時間は変わりませんが、加齢により「長く眠り続ける力」が弱まり、睡眠が分断されやすくなります。だからこそ、日中の活動量や光の浴び方がより重要になります 22。
Q. いびきがうるさいと言われます。
A. 三木医師の回答:
肥満がある場合は減量が第一ですが、顎の構造や鼻疾患の可能性もあります。睡眠時無呼吸症候群は命に関わるリスクがあるので、専門の医療機関を受診してください 23。
最後に:最初の1時間がすべてを決める
睡眠において最も重要なのは、**「入眠直後の最初の1時間」**です。ここで最も深いノンレム睡眠が現れ、脳と体の修復が集中的に行われます 24。
オンコールの医師や、夜中の授乳があるお母さんたちが辛いのは、この「黄金の1時間」が分断されるからです。
ですから、まずは最初の90分〜1時間を死守すること。そのために、寝る前の準備(スリープ・セレモニー)を整えてください。
忙しい現代社会、私たちは「休むこと」に罪悪感を抱きがちです。
しかし、休むことはサボることではありません。
**「明日、最高のパフォーマンスを発揮するための積極的な準備」**なのです。
今日のお昼、少しだけスマホを置いて、深呼吸してみませんか?
その数分が、今夜のあなたの眠りを変えるはずです。
