みなさん、こんにちは。総合診療医の「三木(Miki)」です。
日々の診察室で、患者様からこんな声をよく耳にします。
「先生、健康診断の結果は『異常なし』だったんですが、なんだか疲れが取れないんです」
「検査ではどこも悪くないと言われるのに、めまいやアレルギー、気分の落ち込みが治りません」
この「数値は正常だけど、体調が悪い」という状態、実は現代医学の盲点とも言える領域にあります。多くの人が、病気ではないけれど健康でもない「未病(みびょう)」の状態、あるいは「質的な栄養失調」に陥っている可能性があるのです。
今日は、従来の健康診断では見えてこない、体の奥底で起きている栄養の枯渇と、それを読み解くための「分子整合栄養医学(オーソモレキュラー)」という新しい視点について、深く掘り下げてお話ししたいと思います。
血液検査のデータは、単なる数字の羅列ではありません。あなたの体が必死に発している「声」なのです。この記事を読み終える頃には、あなたの健康に対する常識が少し変わっているかもしれません。
一般的な健康診断の「落とし穴」とは?
私たちが毎年受けている一般的な健康診断や人間ドック。これは主に「臓器が壊れていないか」「今すぐ治療が必要な病気がないか」を見つけるためのものです。
例えば、肝機能の数値(ASTやALT)が高ければ「肝臓が壊れているかもしれない」、血糖値が高ければ「糖尿病かもしれない」と判断します。つまり、「基準値より高い=異常」という引き算の医学です。
しかし、「基準値内だから健康」とは限らないのが人間の体の複雑なところです。
基準値の範囲内であっても、ギリギリの低空飛行で細胞が喘いでいるかもしれません。あるいは、数値が「低すぎる」ことが、実は重大な栄養欠損を示している場合があるのです。
ここで登場するのが、**「分子整合栄養医学(オーソモレキュラー医学)」**です。
これは、血液検査の結果を「病気の発見」ではなく、「細胞レベルでの栄養状態の解析」に使うアプローチです。一般的な検査項目に加え、ビタミンやミネラルなど70項目以上を詳細に分析し、個人の体質や代謝に合わせた栄養アプローチを行います。
あなたに足りない「隠れ栄養素」ベスト3
詳細な血液解析を行うと、現代人の多くが特定の栄養素において「深刻な欠乏状態」にあることが見えてきます。特に重要な3つの栄養素について解説しましょう。
1. タンパク質:生命活動の土台
「お肉や卵を食べているから大丈夫」と思っていませんか?
実は、食べたタンパク質がしっかりと消化・吸収され、体の材料(筋肉、ホルモン、神経伝達物質など)として使われているかは別問題です。
血液データ(BUNや肝機能数値など)を深読みすると、多くの人が**「タンパク質の摂取不足」あるいは「吸収障害」**に陥っていることが分かります。タンパク質が不足すれば、当然、皮膚や髪のトラブル、メンタルの不調、免疫力の低下に直結します。
2. ビタミンB群:エネルギー代謝の必須パートナー
タンパク質を摂取しても、それを体内で活用するためには「ビタミンB群(特にビタミンB6)」が不可欠です。
ビタミンB群は、食べたものをエネルギーに変えたり、タンパク質を代謝したりする際の「酵素の補酵素」として働きます。これらが不足していると、いくら良い食事をしても、体はそれを有効活用できず、疲れやすくなったり、皮膚炎を起こしやすくなったりします。
3. ビタミンD:現代人最大の欠乏栄養素
今、世界中の医師が最も注目していると言っても過言ではないのが「ビタミンD」です。
かつては「骨を強くするビタミン」程度の認識でしたが、現在では**「免疫システムの調整役」「ホルモンのような働きをする物質」**として再評価されています。
しかし、現代人は紫外線を避ける生活習慣(日焼け止めの常用、屋内生活)により、ビタミンDが圧倒的に不足しています。
理想的な血中濃度は50ng/mL以上と言われていますが、多くの日本人は20ng/mL以下、あるいはそれ未満の欠乏状態にあります。
驚きの真実!ビタミンDが万能薬と言われる理由
なぜこれほどまでにビタミンDが重要視されるのか。その効能は多岐にわたります。
免疫機能のコントロールとアレルギー
ビタミンDには、免疫細胞を適切に働かせる司令塔のような役割があります。
ウイルスや細菌に対する防御力を高める一方で、暴走する免疫(アレルギー反応)を抑える働きもあります。
花粉症や喘息、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患を持つ方が、ビタミンDの血中濃度を上げることで、症状が劇的に改善するケースは珍しくありません。
腸内環境との密接な関係(リーキーガット)
私たちの腸の粘膜細胞は、本来は隙間なく結合して、有害物質の侵入を防いでいます(タイトジャンクション)。
しかし、ビタミンDが不足すると、この結合が緩み、腸に穴が開いたような状態(リーキーガット症候群)になりやすくなります。その結果、未消化のタンパク質や有害物質が血中に漏れ出し、全身の慢性炎症やアレルギーを引き起こすのです。
ビタミンDを補うことは、腸のバリア機能を修復する上でも極めて重要です。
脳機能とメンタルヘルス
脳内の神経伝達物質(セロトニンやドーパミンなど)の生成や調整にも、ビタミンDが関与しています。
うつ症状や認知症の予防、集中力の維持においても、十分なビタミンD濃度を保つことが推奨されています。
血液検査の「深読み」テクニック
分子整合栄養医学では、一般的な検査項目の数値を「別の視点」から読み解きます。その一部をご紹介しましょう。
| 検査項目 | 一般的な解釈(高い場合) | 栄養療法の視点(低い場合) |
| AST (GOT) / ALT (GPT) | 肝機能障害、肝臓の炎症 | ビタミンB6不足、タンパク質代謝低下<br>※これらは酵素であり、酵素の材料となるタンパク質やビタミンB6が不足すると数値が低くなります。 |
| BUN (尿素窒素) | 腎機能障害、脱水 | タンパク質摂取不足<br>※タンパク質の代謝産物であるため、低い場合はタンパク質が足りていません。 |
| MCV (赤血球の大きさ) | 貧血の種類分類に使用 | ビタミンB12・葉酸不足 or アルコール多飲<br>※数値が大きい場合、隠れ飲酒やビタミン不足による膜の脆弱化が疑われます。 |
| 尿酸値 (UA) | 痛風のリスク | 抗酸化力の低下<br>※尿酸は強力な抗酸化物質でもあります。低すぎると活性酸素への防御力が弱まります。 |
| コレステロール (LDL/HDL) | 動脈硬化のリスク | 細胞膜・ホルモン材料の不足<br>※コレステロールは細胞膜や性ホルモンの材料。低すぎるとうつや免疫低下、短命のリスクにつながります。 |
このように、「基準値内だからOK」ではなく、「理想値に対してどうか」「他の項目とのバランスはどうか」を見ることが、未病を防ぐ鍵となります。
現代人が目指すべき「攻めの栄養療法」
では、私たちは具体的にどうすれば良いのでしょうか。
「バランスの良い食事」は大前提ですが、個体差や現代の生活環境を考慮すると、それだけでは不十分なことも多いのが現実です。
1. 自分の「現在地」を知る
まずは、詳細な血液検査(栄養解析)を受けてみることです。
「なんとなくサプリを飲む」のではなく、自分に何が足りていて、何が足りていないのかを客観的なデータで把握しましょう。
例えば、ビタミンD濃度が低いならビタミンDを、フェリチン(貯蔵鉄)が低いなら鉄分を、ピンポイントで補充することが最も効率的です。
2. 食事の「質」をアップデートする
- タンパク質ファースト: 毎食、手のひら一杯分のタンパク質(肉、魚、卵、大豆製品)を意識する。
- ビタミンB群の確保: 豚肉、レバー、カツオ、玄米などを積極的に。
- 良質な脂質: オメガ3系脂肪酸(青魚、アマニ油)を摂り、炎症を抑える。
3. 戦略的なサプリメント活用
食事だけで必要な栄養素量を満たすのが難しい場合(特にビタミンDや鉄、ビタミンB群など)、医療用サプリメントなどで補うことは「手抜き」ではなく「賢い選択」です。
特にアレルギー体質の方や、日光に当たる機会が少ない方は、ビタミンDのサプリメント摂取を検討する価値が大いにあります。
おわりに:あなたの体は、食べたものでできている
「You are what you eat.(あなたは、あなたが食べたものでできている)」
この言葉は真実ですが、分子整合栄養医学の視点加えるならば、
「You are what you absorb.(あなたは、あなたが吸収できたものでできている)」
と言えるでしょう。
いくら良いものを食べても、胃腸が弱っていたり、代謝に必要なビタミンが不足していたりすれば、それは体の一部にはなりません。
「疲れが取れない」「なんとなく不調」という感覚は、細胞からの「栄養が足りない!」というSOSかもしれません。
健康診断の結果表を、もう一度見直してみてください。
そこには、病気の有無だけでなく、あなたの体がより良く生きるためのヒントが隠されています。
自分の体の声に耳を傾け、必要な栄養を与えてあげること。
それが、5年後、10年後のあなたの笑顔を守る、最も確実な投資となるはずです。
