みなさん、こんにちは。内科医の三木(Miki)です。
私の診察室には、健康診断の結果を気にして来院される方や、生活習慣病の予防のためにダイエットに励んでいる方が多くいらっしゃいます。
その中で、特によく耳にするのがこんな言葉です。
「先生、やっぱりお米は食べない方がいいんですよね?」
「糖質制限をしているのに、最近リバウンドしてしまって……意志が弱いのでしょうか」
皆さんの表情には、焦りと疲労が滲んでいます。
「炭水化物は太る」「糖質は悪」という情報がこれほどまでに浸透した今、白米やパンを食べることに罪悪感を抱いている方が驚くほど多いのです。
しかし、医師として、そして科学的根拠(エビデンス)を重んじる立場として、はっきりとお伝えしたいことがあります。
「炭水化物を抜けば痩せる」というのは、真実の半分でしかありません。そして、炭水化物を敵視しすぎることが、かえってあなたのダイエットを失敗させ、心を蝕んでいる可能性があるのです。
今日は、巷で信じられている「低糖質ダイエット(ローカーボ)」の医学的なメカニズムと、その裏に隠された落とし穴、そして私たちが目指すべき「本当に健康的で、一生続けられる体型管理」について、少し掘り下げてお話ししたいと思います。
今日のお話が、食事という日々の喜びを取り戻すきっかけになれば幸いです。
1. なぜ「糖質制限」はこれほどまでに広まったのか?――その即効性のカラクリ
まず、なぜ多くの人が「糖質制限=最強のダイエット」と信じ込んでしまうのか、そのメカニズムから紐解いていきましょう。
実際に、炭水化物を抜くと、開始から数日〜1週間ほどで驚くほど体重が落ちます。「すごい!すぐに効果が出た!」と感動された経験がある方もいるかもしれません。
しかし、ここで減っているのは「脂肪」ではありません。大部分は「水分」なのです。
グリコーゲンと水分の密接な関係
私たちが食事から摂取した炭水化物(糖質)は、体内でブドウ糖に分解され、エネルギーとして使われます。使いきれなかった分は「グリコーゲン」という形に変えられ、肝臓や筋肉に貯蔵されます。
このグリコーゲンには、ある特徴があります。それは、**「グリコーゲン1gにつき、約3〜4gの水分と結びついて貯蔵される」**という性質です。
つまり、炭水化物を極端に制限すると、体は貯蔵していたグリコーゲンを分解してエネルギーとして使います。この時、グリコーゲンと一緒に保持されていた水分も同時に排出されるのです。
例えば、体内のグリコーゲンが500g減ったとしましょう。それに伴い、約1.5kg〜2kgの水分も体から抜けていきます。これだけで体重計の数値は2kg以上減ることになります。
これが、糖質制限の初期に見られる「激痩せ」の正体です。
この段階では、まだ脂肪細胞はほとんど燃焼していません。水分が抜けて一時的に軽くなっただけなのですが、この「成功体験」が強烈であるがゆえに、「やっぱり炭水化物は太るんだ」という認識が強化されてしまうのです。
2. 医学界の常識?「インスリン悪玉説」の誤解を解く
糖質制限を支持する理論の根幹に、「インスリン肥満説」があります。
皆さんもこのような説明を聞いたことがありませんか?
- 炭水化物を食べる
- 血糖値が上がる
- 血糖値を下げるために「肥満ホルモン」であるインスリンが分泌される
- インスリンが脂肪を合成し、太る
一見、論理的に聞こえます。しかし、近年の栄養学や生理学の研究において、この「インスリンだけが肥満の原因である」という説は、かなり限定的であることが分かってきています。
「トゥインキー・ダイエット」が証明した熱力学の法則
2010年、アメリカの栄養学教授マーク・ハウブ(Mark Haub)氏が行った有名な実験があります。彼は「摂取カロリーさえ制限すれば、何を食べても痩せる」ことを証明するために、極端な実験を行いました。
彼は10週間、食事のほとんどを**「トゥインキー(アメリカの甘いケーキ菓子)」やドーナツ、スナック菓子だけで過ごしました。これらは砂糖と脂肪の塊で、本来ならインスリンをドバドバと分泌させそうな食品ばかりです。
しかし、彼は「1日の総摂取カロリー」だけは厳格に制限(アンダーカロリー)**しました。
結果はどうだったでしょうか?
「インスリン説」に従えば、糖質まみれの食事をした彼は太るはずです。しかし、結果は**「体重マイナス12kg」**。さらに驚くべきことに、悪玉コレステロール値や中性脂肪値などの健康マーカーも改善していたのです。
他にも、マクドナルドだけを食べ続けてカロリー制限をし、体重を大幅に減らした理科教師の事例など、同様の報告は枚挙に暇がありません。
結局は「カロリー収支」が支配する
これらの極端な実験(※健康を害するリスクがあるため、絶対に真似しないでください)が示しているのは、物理学の基本原則です。
「摂取エネルギー < 消費エネルギー」
この状態であれば、どんなにインスリンが出ていようと、体は不足したエネルギーを補うために自らの組織(脂肪や筋肉)を分解せざるを得ません。逆に、どんなにインスリンレベルを低く抑える「ケトジェニックダイエット(極端な糖質制限)」をしていても、バターやオイルでカロリーを摂りすぎていれば、人は太ります。
実際に、糖質制限のカリスマと呼ばれた作家ジミー・ムーア(Jimmy Moore)氏でさえ、後にリバウンドに苦しんでいます。これは「インスリンを制御すれば太らない」という理論が、現実の複雑な代謝システムにおいては完全ではないことを示唆しています。
3. 私たちが「炭水化物」だと思っているものの正体
では、なぜ「ご飯を抜いたら痩せた」という人が後を絶たないのでしょうか?
実は、多くの方が「炭水化物を減らした」と思っている時に、無意識のうちに「脂質」も大幅にカットしていることが多いのです。
「糖油混合物」の罠
皆さんが「太りやすい炭水化物」として思い浮かべる食べ物は何でしょうか?
カレーライス、チャーハン、ピザ、菓子パン、ラーメン、ケーキ……。
これらを栄養学的に分析すると、純粋な炭水化物ではありません。**「高糖質」かつ「高脂質」な食品(糖油混合物)**なのです。
- チャーハン: お米(糖質)+ 大量の油(脂質)
- 菓子パン: 小麦粉(糖質)+ バターやショートニング(脂質)
- フライドポテト: ジャガイモ(糖質)+ 揚げ油(脂質)
例えば、チャーハンを控えたとします。ご本人は「お米(糖質)を我慢した」と思っていますが、同時に調理に使われた「大さじ数杯の油(1gあたり9kcalの高カロリー)」もカットできているのです。
先ほどの実験の例にもありましたが、食材が吸い込む油の量は凄まじいものです。ナスや卵が油を吸うように、調理された炭水化物は脂質の運び屋になっています。
つまり、低糖質ダイエットで痩せる本当の理由は、「インスリンが出ないから」というよりも、**「高カロリーなジャンクフードや脂っこい食事を排除した結果、自然と総摂取カロリーが減ったから」**である可能性が非常に高いのです。
4. 「沖縄パラドックス」が教えてくれること
「炭水化物は悪」という説に対する最強の反証として、しばしば引用されるのが**「伝統的な沖縄の食生活」**です。
かつて世界有数の長寿地域(ブルーゾーン)として知られた沖縄の高齢者たち。1949年の調査データによると、彼らの摂取カロリーのなんと85%が炭水化物でした。主な主食はサツマイモです。
もし「炭水化物=太る・不健康」という説が絶対なら、炭水化物比率85%の沖縄の人々は、肥満と糖尿病だらけで短命だったはずです。
しかし現実は逆でした。彼らは極めてスリムで、心疾患や糖尿病のリスクも低く、世界で最も長く健康に生きた人々の一群でした。
質の良い炭水化物と「腹八分目」
彼らが食べていたのは、ケーキや精製された砂糖ではなく、食物繊維やビタミンが豊富なサツマイモや根菜類でした。そして、彼らには「腹八分目」という、カロリー過多を防ぐ素晴らしい文化的知恵がありました。
この事実は私たちに教えてくれます。
**「炭水化物そのものが悪なのではない。何を、どれだけ食べるかが重要なのだ」**と。
5. リバウンド地獄から抜け出すための処方箋
糖質制限の最大の問題点、それは**「持続可能性(サステナビリティ)の低さ」**です。
「一生、ラーメンを食べないで生きられますか?」
「家族との誕生日、ケーキを我慢し続けますか?」
多くの人にとって、答えはNoでしょう。
極端な制限は、強いストレスを生みます。ストレスホルモンである「コルチゾール」は筋肉を分解し、脂肪を溜め込みやすくします。そして、我慢が限界に達した時、脳は反動で「手っ取り早いエネルギー(糖質+脂質)」を猛烈に欲し、過食(ビンジ・イーティング)を引き起こします。
こうして、「制限→ストレス→過食→リバウンド→自己嫌悪」という負のループが完成してしまいます。
医師・三木が提案する「3つのステップ」
では、どうすればこのループから抜け出せるのでしょうか。
① 「何を食べるか」より「総量」を把握する
まずは、ご自分が1日にどれくらい食べているか、ざっくりとでも把握しましょう。アプリを使ってもいいですし、写真を撮るだけでも構いません。魔法のようなダイエット法を探す前に、物理法則(カロリー収支)を味方につけることが最短の近道です。
② 炭水化物を「選ぶ」
白米やパンを禁止にする必要はありません。ただ、可能なら「茶色い炭水化物」を増やしてみましょう。玄米、雑穀米、オートミール、全粒粉パン、蕎麦などです。これらは食物繊維が豊富で、血糖値の上昇が緩やかであり、満腹感が持続します。沖縄のサツマイモのように、質の良い炭水化物は味方になります。
③ 食事との「良好な関係」を築く
これが最も大切です。食べ物を「太る毒」か「痩せる薬」かで判断するのをやめましょう。
友人との食事、旅先での名物、お祝いのケーキ。これらは心の栄養です。
「昨日は少し食べ過ぎたから、今日は野菜を多めにしよう」「ウォーキングを少し長くしよう」
その程度の調整で十分なのです。完璧を目指さず、60点を長く続けることが、健康的な体型への唯一の道です。
結びに
ダイエット(Diet)の語源は、ギリシャ語の「dieta(生活様式)」だと言われています。
つまり、一時的なイベントではなく、一生続いていく「生き方」そのものです。
特定の栄養素を悪者にして排除する生き方は、果たして幸せでしょうか?
極端な糖質制限で得た体型は、糖質制限を続けなければ維持できません。しかし、バランスの良い食事と適度な運動で得た体型は、一生あなたのものです。
情報に振り回されず、ご自身の体と心の声を聞いてあげてください。
「美味しいね」と笑ってご飯を食べられる。そんな当たり前の健康が、あなたの体型も、そして人生も、最も美しく整えてくれるはずです。
皆さんの健康な毎日を、心から応援しています。
