こんにちは、三木医師です。
今日は、私たちの「脳」と「幸福感」の意外な関係について、深く掘り下げてお話ししたいと思います。
皆さんは、ふとした瞬間にこんな風に感じることはありませんか?
「過去の失敗ばかり思い出して、気持ちが沈んでしまう」
「まだ起きてもいない未来のことを心配して、夜も眠れない」
「休んでいるはずなのに、頭の中が常におしゃべりを続けていて疲れが取れない」
もし心当たりがあるなら、それはあなたの**「左脳」が働きすぎているサイン**かもしれません。
現代社会は「効率」や「成果」を求めるあまり、私たちは常に時間を気にして生きています。しかし、医学的な視点、そして脳科学の視点から見ると、私たちが感じる「生きづらさ」や「不安」の多くは、脳の使い方、特に**「時間の捉え方」**に深く関係しているのです。
今日は、脳神経科学の知見や「全脳思考(ホール・ブレイン)」という概念をベースに、どうすれば脳のバランスを整え、薬に頼らずに「今、ここにある幸せ」を感じられるようになるのか。その医学的なメカニズムと、明日からできる具体的なトレーニング方法について解説していきます。
少し長くなりますが、あなたの脳の取扱説明書として、ぜひ最後までお付き合いください。
1. なぜ私たちは「過去」と「未来」に苦しめられるのか?
診察室で患者さんのお話を聞いていると、多くの方が「今」ではなく、別の時間軸に生きてしまっていることに気づかされます。
ある言葉があります。
「憂鬱を感じる時、あなたは過去に生きている。不安を感じる時、あなたは未来に生きている。平安を感じる時、あなたは今に生きている」
これは単なる精神論ではありません。脳科学的にも非常に理にかなった指摘です。
脳内タイムトラベルの代償
私たちの脳、特に大脳皮質は高度に発達しており、過去の記憶を呼び起こしたり、未来をシミュレーションしたりする能力に長けています。これを**「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」**と呼びます。私たちがぼんやりしている時でも、脳はアイドリング状態で大量のエネルギーを消費し、過去や未来を行き来しているのです。
- 過去への執着(反芻思考): 「あの時、あんなことを言わなければよかった」という後悔は、脳内でネガティブな神経回路を強化し、うつ的な気分の引き金になります。
- 未来への過剰な懸念(予期不安): 「もし失敗したらどうしよう」という思考は、扁桃体(へんとうたい)という恐怖を感じる部位を刺激し、コルチゾールなどのストレスホルモンを分泌させます。
つまり、私たちの苦しみの多くは、現実の出来事そのものではなく、脳が勝手に作り出した「過去の影」と「未来の幻」によって引き起こされているのです。
2. 「左脳」と「右脳」が作り出す、全く異なる世界
ここで注目したいのが、「左脳(左半球)」と「右脳(右半球)」の機能的な違いです。
ジル・ボルト・テイラー博士という脳神経科学者が書いた『奇跡の脳(原題:My Stroke of Insight)』や『WHOLE BRAIN(全脳生き方)』という本をご存知でしょうか?
彼女自身が左脳の脳出血を経験し、左脳の機能を一時的に失った時の体験記は、私たちに衝撃的な事実を教えてくれます。
左脳:分離と判断の脳
左脳は、言語、論理、計算を司ると言われています。そして何より重要なのが、「時間軸(過去・現在・未来)」を管理し、「私」と「それ以外」を分離する機能を持っている点です。
- 特徴: 線形的な時間感覚、論理的、分析的、批判的。
- 役割: 情報をカテゴリー分けし、過去のデータと照らし合わせて未来を予測する。
- 口癖: 「〜すべき」「〜が正しい/間違っている」「役に立つ/立たない」。
左脳が優位になりすぎると、私たちは常に他人と比較し、損得勘定で物事を判断し、「自分は孤立している」という感覚(エゴ)に囚われやすくなります。これが現代人のストレスの根源の一つです。
右脳:結合と「今」の脳
一方、右脳は、非言語的で、直感的、全体的な処理を得意とします。右脳には過去も未来もなく、あるのは**「永遠の現在(今、ここ)」**だけです。
- 特徴: 現在の瞬間、感覚的、全体的、受容的。
- 役割: 五感を通じて情報のエネルギーを直接受け取る。自分と世界との境界線が薄く、一体感を感じる。
- 感覚: 平穏、至福、感謝、つながり。
テイラー博士は、左脳の機能が停止した時、言語や自己の境界線を失いましたが、同時に**「深い静寂と至福(ニルヴァーナ)」に包まれたと語っています。
つまり、私たちが求める「心の平安」や「幸福感」を感じる能力は、実は右脳の領域**にある可能性が高いのです。
【表で見る】左脳モード vs 右脳モードの違い
| 特徴 | 左脳モード (Doing) | 右脳モード (Being) |
| 時間感覚 | 過去と未来(直線的) | 今、この瞬間 |
| 認識 | 分離(私とあなた) | 結合(私たち、ワンネス) |
| 判断 | 良い・悪い / 正誤 / 損得 | あるがままを受け入れる |
| 重視するもの | 効率、成果、言語、論理 | 感覚、体験、直感、全体 |
| 主な感情 | 不安、焦り、怒り、恐れ | 平穏、喜び、愛、感謝 |
| 関連する神経 | 交感神経(闘争・逃走) | 副交感神経(休息・回復) |
3. 人間関係のトラブルは「脳の使い方の違い」だった?
この「左脳・右脳」の視点を持つと、人間関係の悩みも驚くほどクリアに見えてきます。
例えば、ある夫婦の例を見てみましょう。
- 夫(左脳優位モード): 愛とは「家族のために仕事を頑張り、経済的な安定(成果・未来の保障)を提供すること」だと考えている。
- 妻(右脳的な期待): 愛とは「一緒に過ごす時間、共感、肌の触れ合い(今、ここでの体験)」だと感じている。
夫は「こんなに頑張っているのに、なぜ不満なんだ?」と思い、妻は「私の気持ちをわかってくれない」と感じます。
これは、愛情の有無の問題ではありません。**「同じ出来事を、どの脳の回路を使って解釈しているか」という認知のズレ(価値観の相違)**なのです。
左脳的な「解決・成果」を求める思考と、右脳的な「共感・共有」を求める思考。
相手が今、どちらの脳モードで話しているのかを理解するだけでも、無用な対立を避け、お互いを尊重することができるようになります。
4. 現代人は「右脳麻痺」になりかけている?
医学的に見ても、現代社会は圧倒的に「左脳優位」になりやすい構造をしています。
スマホからの大量の情報処理、分刻みのスケジュール、SNSでの比較、将来へのしかかる不安…。これらはすべて左脳をフル回転させます。
一方で、右脳を活性化させる「ボーッとする時間」「五感で自然を感じる時間」「目的のない遊び」は、**「生産性がない」「無駄だ」**と切り捨てられがちです。
しかし、神経の可塑性(かそせい:使えば使うほど発達し、使わなければ衰える性質)を考えると、これは危険な状態です。
「幸福を感じる能力」は、右脳の筋肉のようなものです。 使わなければ衰え、不安や批判ばかりを生み出す左脳の暴走を止められなくなってしまいます。
自律神経失調症やうつ病が増えている背景には、この「脳のアンバランス」が大きく関与していると私は考えています。
5. 医師が教える「右脳を鍛えて幸せになる」4つの処方箋
では、どうすれば左脳の暴走(おしゃべり)を止め、右脳の「幸福を感じる力」を取り戻せるのでしょうか?
これは、筋トレと同じで「意識的な練習」が必要です。日常生活の中で簡単にできる、医学的にも有効なアプローチを4つご紹介します。
① 「感覚」に意識を向ける(グラウンディング)
右脳は「五感」を通じて世界を認識します。思考(左脳)が止まらない時は、意識を強制的に身体感覚に向けてみましょう。
- 触覚: 机の木目を指でなぞり、その凹凸や温度をじっくり感じる。
- 足裏: 歩くとき、足の裏が地面に着き、離れる感覚に集中する。
- 聴覚: 風の音、鳥の声、エアコンの音など、周囲の「音」そのものに耳を澄ませる(音の意味を解釈しようとしない)。
これをマインドフルネスの世界では「グラウンディング」と呼びますが、脳科学的には**「DMN(左脳的雑念)を抑制し、感覚野(右脳)を活性化させる」**行為です。
② 「無駄」をあえて楽しむ
「これをして何になるの?」という左脳の声を無視して、生産性のないことをあえて行います。
- 目的もなく散歩をする。
- ただ空を眺める。
- 絵を描く、粘土をいじる(上手下手ではなく、色や感触を楽しむ)。
「役に立たないこと」に没頭している時、脳はリラックスし、副交感神経が優位になります。これこそが、最高の脳の休息法です。
③ アートや自然に触れる(Awe体験)
美術館に行ったり、壮大な自然の中に身を置いたりした時、言葉を失うような感動を覚えたことはありませんか?
これを心理学で**「Awe(オウ)体験=畏敬の念」**と呼びます。
圧倒的な美しさや巨大なものの前では、左脳の「ちっぽけなエゴ」や「論理的思考」は停止せざるを得ません。右脳が活性化し、世界との一体感を取り戻すことができます。定期的に「言葉にならない感動」を脳に与えてあげましょう。
④ 「利他」の行動をとる
右脳は「つながり」の脳です。
ボランティア活動をしたり、誰かに親切にしたりする時、私たちは「自分(個)」の枠を超えて「全体」の一部であると感じます。
医学的にも、他者に貢献する行動をとると、脳内で**「オキシトシン(愛情ホルモン)」**が分泌され、ストレスが軽減し、幸福感が高まることがわかっています。
自分の利益(左脳的損得)を手放した時、逆説的に脳は深い喜びを感じるのです。
6. まとめ:バランスの取れた「全脳」で生きる
誤解しないでいただきたいのは、「左脳が悪くて、右脳が良い」ということではありません。
社会生活を送る上で、左脳の計画性や論理的思考は必要不可欠です。大切なのは**「バランス」であり、「自分でスイッチを切り替えられること」**です。
仕事の時は左脳をフル活用してテキパキとこなす。
でも、家に帰ったら、あるいは休日は、意識的に右脳スイッチを入れ、「今、ここ」の安らぎを味わう。
「幸せ」とは、外部から獲得するものではなく、脳のチャンネルを切り替えることで「気づく」能力です。
もしあなたが今、過去の後悔や未来の不安に押しつぶされそうなら、一度立ち止まって、深呼吸をしてみてください。
そして、目の前にあるコーヒーの香り、椅子の座り心地、窓から入る光に意識を向けてみましょう。
その瞬間、あなたは「過去」でも「未来」でもなく、「今」に戻ってこれます。
そこには、不安のない静かな場所が必ずあるはずです。
今日から少しずつ、右脳を鍛える「心のストレッチ」を始めてみませんか?
あなたの人生が、より彩り豊かで、穏やかなものになることを心から願っています。
